日々是愚痴

口を開けば不満ばかり…という日記

0602

どうしたもんか  

 
母逝去より一ヶ月以上経ったわけだが、本当にね、人間は死んだ後の事を考えないと

いなけないなーとつくづく思う


元々モノを、必要以上に貯め込む癖はあったものの、寂しさからか認知症からか不明

だが、とにかくガラクタが多すぎて手がつけられない

全部捨てるにしても、ウン十万は掛かると思われ

毎日母が残した家財や陶器、一度も使用しなかった家電製品、全く着ていなかった服

その他諸々の大型ゴミを目にしては、辟易している

おそらく自分が死ぬまで片付けられず、人の事は言えないが、無責任にもそのままか

なーと想像する


んで肝心の父は、まあやっぱり一人にはしておけない

畑が大好きであるし、最近は少し元気が出てきたらしく、それなりに出掛ける様になった

だが…元々寂しがり屋のクセに、人付き合いを極端に嫌うという困り者

そしてその寂しさを、身内に全てぶつけて来るのだから、堪らない

何にせよ、自分は仕事が出来るかどうかの身体であるし、また探しても年齢的に厳しいだろうし

脛齧り生活は当分続く

んで、あんまりネットが出来ないので、自分のストレスも結構マッハであるのだが


この機会に、温めていたモノでも書いてみようかと画作中

どうにもPCゲームがね…




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Posted on 2014/06/02 Mon. 20:30 [edit]

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0508

始まり  

 
「秋葉原にいきたい」

母のこの一言からが、悪夢の始まりであった


機械オンチどころか、ビデオの予約や使い捨てカメラすら、使えない母

それがなぜ、“秋葉原”に用があるのか不思議でならなかった

よくよく聞いてみると、


「盗聴機を見つけるのが欲しい」


ということであった

ここで自分は母の異常を知ったわけだが、この時は認知症という頭が自分に無く、統失では

ないかと思っていた

ここですぐに病院に行かせた方が、いや無理にでも連れて行けば良かった思うが、しかし元々

両親の過干渉から逃げていたため、現実逃避してしまっていた

その後仕事を辞める間際、父から電話があり、「最近、母から責められるんだが…」という

話を聞く

これは父が若い頃、かなり素行の悪さがあり、博打や酒で警察のお世話になったり、家のものを

売ろうとしたり、碌でも無いことをしていたのは確かであったが、自分が中学生の頃からは収ま

っていて、特にクリプトコッカス(鳩の菌)に侵され、肺を半分切除して死線を彷徨ってからは

大人しくなった



だもんで、突然真夜中に父を責めだすのはおかしく、ここで仕事を丁度辞めたので、8年ぶりに

帰郷すると、母のせん妄はかなり悪くなっていた

どうやら父には愛人がいて、うちの財産を狙うために騙しているという設定

兄も同様に騙され、残るは自分しか頼れないといいつつも、言動は信用していないという破綻振り

ここでも認知症によるものだとは気付かず、また統失にしても無理に連れて行って悪化しような気

がしたのだが、今思えば論理的に筋道が全く通らず、記憶が曖昧なので、多少強引にでも連れて行

った方が良かったのだろう

ついつい、病院に無理に連れて行くとなると、二度と話もしない、裏で何をやらかすか心配になり

二の足を踏んでしまったが、当人はまともな思考が出来ないことを推察すると、あまり影響は無い

のかもしれなかった



それからは、自分でお金を下ろしておいてバッグに入れたのを忘れ、父を泥棒扱いしたり、しまった

写真や物を忘れ、無くなったのを父の所為にしたり、ここで認知症ではないかと思い始める

ただ結局は、癌になっても病院に診せることもしないほどの医者嫌い、もしくは判断力の低下、意固

地さがあったので、何をしても無理だったかなと思う

行くのであれば早く行くべきであったが、それも結果論でしかなく、父の場合にこの教訓を生かすし

かない



最近は富に母の事を思い出すが、決まってそれは“何とかできなかったか”ということで、でも

すぐに、どうにもならなかったなという結論に落ち着き、少ししたらまた同じことが頭を過ぎる

子供の頃の楽しかった思い出がほとんど思い起こされず、息が詰まりそうな空気の中で、ひたすら

無感情に徹して自己防衛していた記憶ばかりが蘇る

家族の中でも上辺だけの付き合い、どこの家庭もそんなもんなんだろうね



書き出したら止まんないが、とりあえず引越しが終わらないと落ち着かない

ここに居れるのも、もうすぐかー



Posted on 2014/05/08 Thu. 20:37 [edit]

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0503

最初に聞かされたとき  

 
日が経つと、詳細やらその時の感情を忘れてしまうので、今のうちに


母が大腸癌であることを知ったのは、昨年末の12月14日

ブログではその夜に、↓のようなことを書いていた

http://hibiguchi.blog.fc2.com/blog-entry-953.html


父から昼間に電話があったのだが、どうも掛かりつけ医の先生から聞かされた模様

風邪のことで診察にいくと、先生がいきなり「この度はまことに残念なことですが…」と言われ、

父は何事かと驚いていると、「大腸癌が進行しています」とのこと

急激な癌告知であり、父も動転して自分に電話してきた

自分も大変驚いたが、一番は“大腸癌”であること

母は病的なほど塩分を嫌うし、肉をあまり食べずに野菜や魚が多く、果物やヨーグルトもしっかり

毎日食べていたし、食事に対しては相当に気を遣っていた

だから大腸癌になることは、全くの想定外であったし、本人も“なぜ”という思いがあっただろう

ただ自分は、そんな健康のための食事を快く思っていなかったし、何度も「おいしく食べないと

栄養にもならないし、意味が無い」と言っていた

しかし結局は耳を貸さず、テレビで良いと言われたことを鵜呑みにして、その食材を一時的に、

馬鹿みたいに食べることを繰り返していた

そういえば母の好物、自分だけでなく家族は誰も知らないし、お棺の中に何を入れるのか、お供え

物を何にしたら良いか分からなかった

とどのつまり何を食べようが、病気になる時はなるし、リスクを下げるかもしれないが、余程の暴

飲暴食でもしない限り、体質(DNA)に勝る病因は無いのかもしれない



どうも後から聞いた話だが、癌とわかったのは昨年の8月頃だったようで、そこで掛かりつけの先生と

かなり言い争ったらしい

先生はしきりに入院を勧めたが、当の本人はどこで聞いたか知らないが、「玄米スープで頑張ります」

と答えたらしく、いくら医者嫌いといっても度が過ぎている

それは認知症の影響も若干あると思われるが、実のところ、昔から母は誰も信用せず、頭が悪いのに

自分で判断するところが多々あった

頭が悪いというのは、知識も無く理解力も低いのに、自分では解っているつもりになっているという事

愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶというのは、全てではないが真理であると思う



ともかく普通に考えれば、癌なんて民間療法で何とかなるはずも無いし、隠しとおせる病気ではない

しかしウチの家族は全員、重大であればあるほど、誰もにも話さず、愚にも付かない方法で解決しよう

とするし、最悪現実から目を背けて逃避する

母は正気を失ってはいたが、そういう性格的な素因もあったことは否めない



当初母が癌と聞かされ、悲しくはなったものの、それは数日で収まり、感謝の手紙でも書こうと思った

のだが、思い起こすような楽しかった思い出はなく、愚痴ばかりになりそうだったので止めた

とりあえず今回はここまでだが、長いわ




Posted on 2014/05/03 Sat. 22:48 [edit]

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0501

忌中  


 
2014年4月26日 19:56 母 逝去



自分は東京に住んでいるので、母の死に目に逢えないかと思っていたが、運良く(?)というか

帰ってくるまで頑張っていたというか、ともかく帰郷した時にはすでに寝返りもうてず、自力で

ベッドや便座から立ち上がることもできず、呂律が全く回らず、どうみても入院しないといけな

いのに、頑なに拒否する母

父に1時間ごとの体位変換、トイレ等の介護をさせこと10日ほどだったらしい

このままでは共倒れすると思い、どうしようか悩んでいた矢先、翌日の早朝に危篤状態へ

自宅で死にたいという願いは知っていたが、かなり迷ったが、症状厳しく泣く泣く救急車を呼んだ

そんで15時間後、呼吸停止→心停止でご臨終

色々ばたばたしてましたっと



詳細は、いや別にどうでもいい話なのだが、とりあえず自分用メモとして、カテゴリを追加

“死”っていうのは、自分には“永久に覚めない眠り”と解釈しているので、母だけでなく父も

兄も、そして自分が死ぬことについて書こうと、いや愚痴を吐こうと思う



葬式は終わったが、父一人では何にもできないので、相続やら保険やらは自分が戻ってからしな

いと無理ぽ

大分疲れたが、飛行機ではなく新幹線で帰ったことが最大の原因

精神的にはネットができて、ホッとはしている

手続きたくさんだ



Posted on 2014/05/01 Thu. 20:38 [edit]

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