日々是愚痴

口を開けば不満ばかり…という日記

0512

一旦停止  

 
PCかたさないと終わらないので、伸ばし伸ばしにしていたが…もういっか

とりあえず形だけの更新



片付けに手間取り、ようやく名残惜しさは無くなりつつある

大学生になってから京都へ、そして博多、北九州、東京代々木、荻窪で最後は北九州へ戻る

自分は旅行が好きでなく、実際そこで長期間住まないと、その土地の良さは分からないと思う

たった数日街をぶらつく、ネットや雑誌、テレビ等で紹介された店や観光地に行ったところで、

何の実感もわかない

一番の憧れは横浜で、神戸や北海道の海辺に住んでみたかった

どうも内陸よりも、川や海のそばに住みたいと思うのは、なぜかはわからない

逆に住みたくないのは、愛知である

これは自分の知り合いに名古屋人がいたのだが…ともかくうざったい

よく耳にする話で、名古屋人とはすごく仲が良くなるか、悪くなるかの二択、っていうのがある

偏見なのだろうが、自分の周りの人に聞く限り、意外と納得されるので、そういう一面はあるか

もしれない

とにかくまー、妙ちくりんなプライドだけがあり、空気読めない奴だった



話が逸れたが、ともかく自分の旅はこれにて終わり

後は地元で朽ち果てるのみだが、そんなに長くは無いだろう

これは悲観的に見ているのではなく、自分は幼少の頃から死ぬことばかり考えてきた所為だろうが

一応、時間はあることだし、やりたかったことを諦めずに形にしていきたい



はーともかく、東京行って良かった

それだけ



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Posted on 2014/05/12 Mon. 10:23 [edit]

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0511

片付け大変  

 
どうしてもね、一日でもネット出来ないと不安で仕方が無い

実家に帰ったときなど、家にある本を読み倒すか音楽を聴く位しかできないので、引越しの荷造り

はギリギリまでやんなくなる


とはいえ13日の朝に荷だしするので、明日の夜までには全てを終えて無くてはならない

不要なものを捨て、掃除しつつ、段ボールを買ってきてはとにかく詰める

こういう場合の天敵は、本を整理するときで、ついつい開いてしまって進まないというお約束

しかしーまー、寂しいよ


代々木から今のところに引っ越すのは、同じ東京であったので、いつでも新宿や渋谷にいけるのは

大きかったが、もうそれも出来ないし、北九州には遊びに行けるところが少ないのは解っている

日帰りできる山登りくらいか…勝っているのは

高尾山は馬鹿みたいに人多いし、さすがに低すぎるし、その奥へ行こうとすると一日では無理

日本アルプスを登りたいわけじゃないしね


思うことは山ほどあるのだが、いざ書こうとするとキーボードを叩けない

とにかく多くの人と出会い、嫌な目にもあったが、概ね楽しい15年間であったし、両親の呪縛から

抜け出して自分自身を見付ける事ができ、そして生き方が定まった


“棺を蔽うて後、はじめて定まる”


という、隆慶一郎氏の言葉があるが、死を意識することで、自分のやりたい事ややるべき仕事が見

つかるという、意味がどうかは知らない

単に志に殉ずる意味なのだろうが、自分は前者のように考えた

そして自分なりに、志を立て、色々尾とレビューを書いたり絵を描いたりしたが、わかったことは

自分の才能の無さ

書きたい、描きたいものは幾つかあれど、形に出来なかった

無論諦めはしないが、もう死んでよし、いや死人として生きることに抵抗はほぼ無い

ほぼ、というのは、やはり両親よりも先に死ぬべきではないと思うだけで、父よりは後に死にたい

という些細な望み

そして最後まで、自分の意識が正常であること、且つ死ぬことが今後の目標だろうか

寿命を自分で決められない、そんなことがあってはならないと思う

自分はどんな病気で最後を迎えることやら



どうにも父親が心配である



Posted on 2014/05/11 Sun. 20:13 [edit]

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0510

  

 
2000年の5月15日、逃げるように上京し、15年経った

長いようで振り変えれば短く、たくさんのことがあって、そして何よりも四分の一人前から半人前

程度の人間に成長できたことが大きかったな

社会不適合者だった(現在もだが)自分が、少しだけ職場で必要とされる人間にはなれたらしい



福岡、特に北九州は街に活気がなく、鉄冷えになってからは、若い人が大量にいなくなり、小中学校

の学年が1~2クラスしかなく、いるのは年寄りばかり

家が無くなっては駐車場になり、新日鉄の社宅があったところは公園やマンション、スーパーに

なったりして、昔の人が多かった頃とは全然違う景観になっていた

自分が子供の頃は、なぜかゲーセンがあちこちにあり、お小遣いを貰っては毎日違うところに出かけ

ていっては遊んでいたものだったが、今では小倉の一軒だけになってしまった



東京が好きだったのは、とりあえず人が多く、活気があることに、昔の地元の姿を重ねていたことで、

近所の夏祭りで御神輿をかつぐ子供たちの掛け声に、たまらなく昔の思い出が蘇ることだった

とにかくどこの商店街も人がたくさんいたし、小倉や黒崎はいつも賑やかであった

起業祭といわれる、八幡製鉄所が作業を開始した日に、毎年大掛かりなお祭りを開催しているのだが、

もうそれも見る影が無い

廃れていく地元を目の当たりにするのは寂しく、あまり帰郷したくなかった理由の一つだ

なのでここを離れるのは名残惜しく、ネットがあればどこでもいいやと最初は思っていたが、ここ

数日自分が行っていた所を再度訪れる度に、当時の記憶と感覚が蘇って辛い

本当にある意味、東京が故郷のような気がしてきた



しかしもう、漂泊の旅は終わり

自分を変える切欠を作ってくれたKさん、映画やゲームの話で盛り上がったIさん、一緒に仕事が出来

て楽しかったWさん、根気良く歯の治療をして頂いたI先生、とにかく大変お世話になった大家さん、

KさんとOさん、特にOさんは母と同時期に癌が見つかり、余命2ヶ月と宣告されたものの、治療の甲斐

あって元気になったのは嬉しかった

最後の職場で多くの事を教えてもらったMさん…などなど

思い起こせば多くの人に支えられてたなと



歩きすぎて疲れた

もういっか



Posted on 2014/05/10 Sat. 22:24 [edit]

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0509

おいしいもの  

 
東京に来て、一番自分がおいしく感じた食べ物、それは“豆寒天”

孤独のグルメで有名になった“梅むら”であるが、浅草が遠かったことと、特に浅草に用事も

興味が無かったので、今まで行ったことがなかった

初めて食べた、神田明神の近くにある“天野屋”の豆かんで満足していたのだが…

もうここにいるのも最後であるし、本日いってみた



・梅むらの豆寒天

 豆の質がとても良く、煮崩れもしておらず、また味付けもしていなように感じられた

 寒天は口に含むと、天草の香りが僅かにしており、ちゃんと天草の味もする

 黒蜜がしつこくなく、非常に上品な甘さであり、和三盆でも使っているのかと思わせる

 豆の量が寒天と同じくらい多く、小鉢でてくるが、ボリュームは意外とある

 全体的に洗練された味であり、近くにあれば週三は通いたくなるほどおいしかった

 ただ惜しむらくは、自分が開店して一番に豆かんを注文した所為か、寒天が薬品臭かった

 おそらく消毒してのことだろうが、そういうのは使っちゃいけないと思う

 客見て商売したかどうか知らないが、せっかくのおいしさは半減した


・御茶ノ水、神田明神下の天野屋

 甘酒が非常に有名な老舗であるが、豆かんもおいしかった…はずだった

 あまりに梅むらのがおいしすぎて、どうしても塩味の豆、少々しつこい甘さが残る黒蜜

 と、粗が見えてしまった

 とはいえ静かな店の佇まい、雰囲気は好きであるし、冷やし甘酒は抜群である

 しかし今日久し振りに行ってみて感じたのは、歴史の古い店らしいが、その歴史に胡坐を

 かいている所が見え隠れした

 “変わらない味”ってのは、作り方を守ることではなく、時代に応じて変わっていくもの

 を敏感に感じ取り、作り方や材料を“変えていく”ことで、店の味を守ることだと思う

 モノの本によく書かれていることだが


甘味処に男一人で入るのは勇気がいることで、梅むらは曜日や時間帯によって、気にならない

ほど老若男女客層が広いので、大丈夫かなと

天野屋は年配の方が多く、自分が今日入ったときは初老の男性のみが三人いたので安心

ジャンクフードが好きだった自分であるが、歳を重ねるたびに和菓子へと好みが移った

後は食事の店



・新宿西口、串八珍のとんかつ定食

 とんかつといえば、多くの名店があるものの、正直名店と言われるところほど、ふざけた料理

 を出されて辟易した

 自分が上京した切欠の一つに、池波正太郎さんの“食卓の情景”があったのだが、そこに挙げ

 られた店は悉く、はっきりいってまずく、こんなものを馬鹿高い値段で出しているかと思うと、

 あの世にいる池波さんが嘆くんじゃないかと思うほど

 串八珍はチェーン店であるが、リーズナブルな値段で、個人の店よりも数段おいしいものと

 サービスを提供してくれる店は幾らでもあるという見本

 1500円以上ぼったくられるよりも、720円で値段以上においしいとんかつ定食

 ここはそんなところだが、カレーが無くなったのは残念だ



・同じく新宿西口、鳥元の豚丼

 ここもチェーン店であり、しかも看板に“鳥”の文字が入っているものの、うまいのは豚

 しかしもう、今HPを見る限り…豚丼をやっていないのかもしれない

 ミョウガが相当に嫌いな自分であるが、まさか豚肉とミョウガがこんなに合うとは思わなかった

 明日か明後日、もう一度行ってみようと思うが、無ければ親子丼とかにしてみるか…

 実は鳥料理があまり…おいしくな、いや自分の好みではなかったね



とまあ、実につまらない食の思い出

でも有名店は基本的にダメだし、個人の店に足繁く通うほどマメではない

ものぐさな貧乏舌は、リーズナブルさが一番であった



Posted on 2014/05/09 Fri. 19:52 [edit]

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0421

お世話になりました  

 
自分は子供の頃から虫歯になりやすく、歯医者によく通ったものだった

しかし近所の歯医者は“ヤブ”ばかりで、麻酔の注射を三本も射ちながら、全然効かずに

そのまま抜歯したというね

小学生相手にどんな拷問かと

顎が外れる程の衝撃で、痛みが来るまえに一時気を失ったことを今でも覚えている

その他諸々、ヤブばかりに会ってとても痛い思いをしているので、歯医者選びに慎重を

期すのは寧ろ当然



今のところに引っ越す前、代々木八幡に住んでいた頃、ある歯医者の待合室が外から目に入り、

そこで小さな幼女が飛び跳ねて遊んでいたので、よさげに感じたのが最初の切欠

診て貰うと、実に良心的な治療で、とにかく抜歯をせずに自分の歯を出来る限り残すこと

への姿勢が強かった

自分が高校生の頃から、C4の虫歯、つまりは根元しか残っていないような歯でさえ、しかも

歯周病と更なる虫歯の進行があったにもかかわらず、抜歯はしなかった

早くこういう歯医者に出会っていれば、定期健診にもまえに行き、もっと自分の歯を大切に

できただろうなと思う



んで一昨日、最後の定期健診に行き、引っ越す旨を伝えると、福岡の有名な歯医者さんを紹介

して頂き、大変有難いことであった

良い所は、こんなところまで気を利かせてくれる

偶然にも、担当の先生は昔博多に住んでいたらしく、今でもその照会先の先生の講習会に出て

勉強するとのことで、やっぱり腕の良い人は違うなと

自分も医療人の端くれとして、ちと恥ずかしくなる思いであった



も一つ、ブラッシングについて

ここは定期健診ごとに、歯と歯茎の間、いわゆる歯周ポケットの深さを計ってくれるのだが、

前回平均4mmほどの深さが、2mmほどになっていて、出血も少なかった

当然歯周ポケットは浅いほうがよく、食べかすが溜まり難く、細菌が増殖し難い

これも程よい力加減で、毎日丁寧に歯と歯茎の間を磨いた成果だと思う

まあどうせ、総入れ歯になる日はそんなに遠くないとは思うけども、おいしく食べられる

ってのは幸せなことので、大切にしていきたいものである



ネットでその歯医者の評判を見てみると、やはり皆評価が高く、患者が多いのも頷ける

特にあの辺りは領事館が多く、外国の方をよく目にするし、すごく道を尋ねられたし、患者

さんとしても多かった

先生は英語を話せるので、もう完璧超人である

ただそんな先生も、治療中は自分の頭の真横にお腹がくるので、よく鳴っているのが聞こえ

てしまうのが何とも



もう通院できないと思うと、とても寂しい

東京は本当に好きな都市であったが、特にここの歯医者さんは思い出深い

引っ越すことを伝えたとき、「衝撃的でした」という一言が自分にとっても衝撃的だったね

もう行くことはないだろうな…



Posted on 2014/04/21 Mon. 00:02 [edit]

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